修学旅行の歩み(教育旅行2023年1月号)
4/6

昭和34年(1959)「ひので」号「きぼう」号出発:初年「遠足・修学旅行の手引き」発行「きぼう」「ひので」号引退旅行費用の補助:「就学困難な児童及び生徒のための教科用図書の給付に対する国の補助に関する法律の一部を改正する法律」の成立によって、要保護及び準要保護家庭の児童生徒に修学旅行の旅費の補助が行われることになった度の輸送人員は、東京都及び埼玉県川口市の公立中学校123、985人、京阪神三市及び近郊の公立中学校94、407人であった東海三県の修学旅行専用列車「こまどり」号誕生高校修学旅行の教育課程への位置づにより高等学校学習指導要領が改訂され、学校行事等の中に「遠足、修学旅行」として位置づけられた機関誌『修学旅行』が月刊化福岡県の修学旅行専用列車「とびうめ」号誕生東北6県連合修学旅行専用列車「おもいで」号誕生東京オリンピック開催東海道新幹線が東京―大阪間で開業修学旅行専用列車「わかくさ」号(関東地区)「わかば」号(関西地区)誕修学旅行専用列車「わかあゆ」号(中京地区)「わこうど」号(高校)「ゆうじょう」号(中学校)「なかよし」号(小学校)(広島・山口地区)誕生修学旅行の新幹線利用開始:東京都中学校学習指導要領改訂:「修学旅行事」として位置づけられ、この中行」は「特別活動」の「修学旅行的に「遠足、修学旅行、集団宿泊など」が含まれることになった沖縄への修学旅行:滋賀県・近江兄弟社高校が米国統治下の沖縄へEXPO ’70 大阪万国博開催高等学校学習指導要領改訂:修学旅行は「各教科以外の教育活動」の中の「旅行的行事」に位置づけられた沖縄返還される韓国への修学旅行(戦後初の海外修江兄弟社高校(91名)が韓国へ学旅行):宮崎第一高校(47名)、近け:「学校教育法施行規則一部改正」動きが起きてきた。このようななかで修学旅行専用車両「ひので」号・「きぼう」号の運行が始まる。品川―京都を結ぶ「ひので」号は修学旅行を合同実施する関東地区の学校を、神戸―品川を結ぶ「きぼう」号は関西地区の学校を、それぞれ連合体として昭和三四年4月から輸送し始めた。その後、同様の専用車両が各地で運行されるようになり、課題であった混雑の解消や実施時期の分散化、事故防止等に大いに役立つこととなった。なお、昭和三三年に学校教育法施行規則が一部改訂され、小・中学校の学習指導要領に「学校行事等」という節が設けられた。これによって、学校行事の一つである修学旅行は、教育課程に正式に位置付けられるようになったのである。昭和三九年に東海道新幹線が東京―大阪間での運行を開始すると、これを利用する私立学校が現れ始める。昭和四三年からは東京都や北海道など公立高校の連合体が新幹線の利用を開始し、以後、全国の高校・中学校にも広がっていく。その結果、昭和四六年の「きぼう」号の運行終了をはじめとして、修学旅行専用車両は次々に姿を消していった。一方、修学旅行における航空機の利用については、海外での修学旅行を実施する一部の私立高校はあったが、公立高校では、昭和五三年に福岡県教育委員会が県立高校の沖縄への修学旅行に限って認めたことが全国初となった(この年に沖縄修学旅行を実施したのは14校)。そして、航空機の利用が全国の公立学校に広がっていくにつれ、修学旅行の旅行先は大きく変わっていくこととなる。47年(1972)46年(1971)45年(1970)44年(1969)43年(1968)41年(1966)40年(1965)39年(1964)38年(1963)37年(1962)   生 35年(1960)毎年春に行っている公立中学校の修学旅行出発式「ひので」号の車内の様子「ひので」号に乗り込む中学生東海道新幹線の車内 昭和50年代東海道新幹線に乗り込む中学生 昭和47(1972)年21  教育旅行 2023年1月号

元のページ  ../index.html#4

このブックを見る