J-519の区でそれぞれに奉納の役割がある。曳山は東山、中ノ山のみで、お田植神事は事代区のみ、神楽は西山のみが行なう(子生区、畑区、立石区、中寄区)(畑区、立石区、中寄区)太刀振神 楽今在家区本町区大西区中町区若宮区太刀振(塩土区)お田植(事代区)横町区高浜町宮崎の地に鎮座する式内社。「延喜式神名帳」(927年)に記載され、口碑では第12代景行天皇の時代(西暦71〜130年)までさかのぼると言われている。つまり創建は1800年以上前とされる古社。元は海の近くの城山にあり、その後、薗部に遷り、再び城山に。永禄8年(1565年)、戦国時代の武将・逸見昌経の高浜城築城の際、現在の砕導(さいち)山城ふもとに遷り今に至る。当時は「砕導大明神」とも呼ばれていたが、天保4年(1833年)に旧名の「佐伎治」に改めた。「佐」は狭で狭い、「伎」は岐で突出したところ、治は土地を表わし、「佐伎治」は海のそばの突出した土地、つまり現在の城山の地を表わしていると言われている。(薗部区、岩神区、笠原区)さきち宮崎59-390770-72-0041赤坂康夫宮司。これまで5回の「高浜七年祭」を見届けてきた赤尾町区太刀振68奉納神事西 山中ノ山曳 山東 山佐伎治神社奉納図
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